Blog / 木村智明のブログ
2018年7月21日

30年

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中学3年生の一学期終業式まであと数日だった7月の今頃。

ちょうど30年前のその日の自分はまだ日本にいて、それでも数日後にはイギリスに渡ってきた。今も続くイギリスでの生活に第一歩を踏みだした1988720日。

昨日の事のように覚えているつもりでいたあの夏が暑かったのかも身体はもう覚えていない。

14歳だった自分は先の人生しか見えていなかったし、その未知の世界は希望と夢だけがあった。生まれ育った日本を一人で出るということにも不安のかけらもなく、ヨーロッパに「やっと」初めて行ける事がとにかく嬉しかった。先に待っている自分の人生に迷いも戸惑いも一切なく、進んでいくだけの道が楽しみで楽しみで仕方なかった。

インターネットも携帯電話もなかった時代、将来そんな便利なものが普段の生活に普及するなどとも思いもしていなかった。そうい不便さを受け入れていたからかイギリス行きも片道なのだろうと初めから思い込んでいた。

母の親友のAさんに大きなスーツケースをプレゼントしていただき、それでも持って行けるものは限られていたから何を持ってきたのだろう。

沢山の同級生が書いてくれた手紙を大切に手荷物に詰め、習ってみたくて憧れていたバイオリンも持ってきた。ほとんど役に立たなかった小さな英和辞典を一冊も。

成田空港まではどうやって行ったのだろう。

大型台風でいくつものフライトがキャンセルされる中、香港、バーレーン経由ロンドンガトウィック空港行きの便に搭乗した。当時それなりに幼かったはずの自分は、今も変わらない身体の大きさと生意気な態度のせいか飛行機の中の人々から大学生の夏休み単独旅行だと勘違いされていた。となりに座った日本語が達者なアンティークディーラーをしているという女性が僕が中学生だということに驚き、イギリスにピアノ留学するのだと聞いて感心する反面、親身になって心配してくれたのを思い出す。「あなた大丈夫なの? 不安ではないの?」 不安だなんて、こんな素晴らしことが自分の人生に起こってしまうなんてことが信じられないだけだった。

自分にとってピアノが弾けるということはその以前もその後の人生でも常に「御守り」のようなものであるのかもしれない。

それでもこの30年間、起こるであろうと思っていたことが全く起こらなかったり、可能性さえ範疇になかったことが起こったりもした。

常に感謝しながら、恵まれた人生を送ってきたつもりだけれど、それでもやはり色々な事は起こり、生よりも死に近かったような時期もあったりしたし、苦労をしたわけではないけれど不安という気持ちも沢山学んだりもした。命をかけて愛したりしたし、その命をかけた愛をも自然の力に奪われたりもした。

30周年を祝おうと全く思ってもいなかったのに、今週はなんだか一人で静かなお祭りのような気分なのはなんでだろう。

人生の「折り返し地点」にいるのかもしれないという感覚。それでいて、もう一度これから先の道を進んでいく事を信じてみたいという希望のようなもの。

720日は毎年少し特別な日だけれど、昨日はそのおしまいにとびきり嬉しいニュースとメールが舞い込んだ。

一昨年から仲良くなり、是非日本の音楽界に紹介したくて昨年末前橋で一緒に演奏会をしたバイオリニストのマリアがライプツィヒで4年に一度開催される国際バッハコンクールで第1位をいただいた。

音楽家としてのマリアも一人の人としてのマリアもこれからどんな人生が待っているのだろう。