Blog / 木村智明のブログ
2017年10月 5日

二人の巨匠

「二人の巨匠」

15年ほど前、大尊敬するピアニスト、フジコ・ヘミングさんのロンドンデビューコンサートがあった。友人の紹介を受けロンドン滞在中に少しお手伝いすることになり、まずはピアノの練習ができるスタジオを探すことになった。 その日は日曜日でどこも閉まっているはずだったが一応電話帳で調べ連絡をしてみる。

休業日のはずの "クラクストン・スタジオ" の電話越しの男性は、親切にも午後に来るように言ってくれた。 朗報と共にフジコさんをホテルまでおむかえにいく。

ハムステッド地区のスタジオまでどこを通ると街がより一層美しく見えるだろうか考えながら運転をする。

リージェント・ストリートを北に進みそのままリージェント・パークに入りプリムローズ・ヒルに抜ける。

ベルサイズ・パークをハムステッド駅に向かって北に登りそしてスタジオに到着する。

20分ほどの道のり「ロンドンの街はどこまで行っても美しいわね」と言ってくれたフジコさんの言葉がとても嬉しかった。

始めて訪れた「クラクストン・スタジオ」は練習場というより住宅街の大きなお屋敷だった。

そしてなんとなく王立音楽院に昔クラクストン教授という名教師がいたと聞いたことがあったことを思い出す。

フジコさんが練習している間、ロビーで本でも読もうと思っていたのだけれど練習でさえも素晴らしい音楽を奏でられているフジコさんのピアノの音に聴き惚れていた。

しばらくすると一人の男性が出てきて「こんにちは。今練習している方のチャイコフスキーは素晴らしいですね!こんな叙情的なピアノを本当に久しぶりに耳にします。この方はどなたですか?」と質問されフジコさんの話をする。

「もしかしてここはクラクストン教授のご自宅だったのでしょうか?」と質問する僕に「あなたは僕のお父さんを知っているにはちょっと若すぎますね!どうして名前を知っているの?」と驚かれる。

「イギリスでの一人目の先生が、クラクストン教授のライバルであったラングリッシュ教授に学んで、お名前はよく会話に出てきたものですから。。。」

それから2時間ほど、クラクストン教授の息子さんである彼と、フジコさんのピアノをドア越しに聴きながら色々おしゃべりをした。

彼はフジコさんのドビュッシーも絶賛され「あー!お父さんが生きていたら彼女のドビュッシーも聴かせたかった。。。僕の父は "ドビュッシーは印象派と考えると演奏の路線を間違える。象徴派と考えるといい" って良く言っていたんだよ。」など、ハッとさせられることが多い会話を楽しんでいた。

フジコさんが練習を終え部屋から出てきたので二人をお互いご紹介する。

彼はフジコさんにとても丁寧に敬意を表してくれて、良かったらサロンで最後に少し弾いてくださらないかとリクエストをする。

ピアノを弾く前 フジコさんは僕に「この人絵描きでしょう。なんとなくわかる。」というのでそこで僕の中で少し「?」の感覚になる。クラクストンという苗字のアーティストがいたとしたら。

「あの。。フジコさんはあなたご自身もアーティストでしょうと言っているのですが。。」

「僕は絵を描くんですよ。名前はジョーンです。」

ジョーン・クラクストン。

現代美術イギリスの巨匠の一人であり僕は彼の作品を所々で見たことがあって、好きなアーティストでもあった。

なんだかすごく衝撃を受ける。

フジコさんがピアノを弾いていて、その演奏に聴きいるジョーン。2人の天才巨匠芸術家の巡り会い。

それにしても笑える「オチ」は、帰りの車の中でのフジコさんの一言。

僕がジョーン・クラクストンがいかに巨匠画家と言われているかと興奮気味に語っていると

それにしては、全然、普通のおじさんにしか見えないわね。」

やっぱり大物は違う、遠慮がない。運転しながらしばらくなんだかおかしくて、笑いが止まらなかった。

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今年2月頃、ロンドンでリハーサルをできる良いところがないものかと考えていたところ、マリアから「最近 大きな窓と大きな古いピアノがあるところでリハーサルをして、素敵だったわ。」という情報をもらいすぐにピンときた。メールアドレスを教えてもらって予約を入れてみる。

一週間後訪れたスタジオは、やはりクラクストン・スタジオだった。何もかも少しも変わっていなくて懐かしさで胸の辺りが暖かくなる。ジョーンと聴いたフジコさんの演奏の思い出。ジョーンとおしゃべりをした部屋。

彼は8年前に他界し、僕はフジコさんにも何年もお会いしていない。

25歳のマリアには僕の「懐かしい話」はあまりにも昔の事すぎるので、ここに来たことがある事はとりあえず何も言わずにリハーサルを始める。

シューベルトのソナタとフランクのソナタ。一緒に弾くのは始めてだけれど、方向性がハッキリしているマリアの演奏スタイルのおかげでアンサンブルをしやすい反面、自分の選択の甘さや優柔不断さが聴こえてくるので勉強になる。

リハーサルを終わらせると、外で僕たちのリハーサルを聴いていた ジェーン・クラクストン(のちにジョーンの姪っ子さんと判明)と名乗る女性が「年に3回、私が企画している演奏会をここで開いているので、是非出演してくださらない?」と気さくに誘って頂いた。僕たちももちろん快くお引き受けした。

その演奏会が先週の土曜日にあり、11月の日本での同じプログラムを演奏した。70人ほどの聴衆の方々がピアノからもとても近い距離に座っていらっしゃるので、悩んだ結果ピアノで音量をフォルテ(強音)以上は一切弾かないよう調節するように決心する。

賭けではあったけれどそれが予想外の結果を生み、弱音しか弾かない中で音色を操ることに集中し通した一時間から大切なことを学んだ。実践中にしかこういう事は起こらず、自分の中の深いところで精神的な何かがリセットされた経験になった。

チェリストのマットも聴きにきてくれたので、コンサート終了後は3人でプリムローズ・ヒルにあるギリシャ料理を食べに行く。

この間から彼らの底辺の逞しさにに関心しているのだけれど、風邪気味だと言っている二人は、ものすごく食欲があってよく食べる。

そういえば15年前ロンドンでのフジコさんも風邪気味だからと言って、スープから始まりフルコースメニューをゆっくり時間をかけて頂いていた。

鼻声でくしゃみの止まらないマットとマリアに早く帰って休んだり横になりなよと勧めるより、沢山食べたら早く良くなるかと思い、とり皿にどんどんお料理を分けてあげる。

実はこのギリシャレストランにも、プリムローズ・ヒルにもブログには到底書ききれない思い出が沢山ある。まだ田舎に引っ越して住むようになる前にこの地域に3年間住んでいたことがある。

その頃のことを思い出して、少々遠い目になっていたのであろう僕の顔を見たマリアが「トモ、なんだかここにも思い出があるの?」と。いい感をしている。

「うーん、まぁ、いろいろとねぇ 。。。」

ふーん、とそれ以上は問わずにデザートの甘いお菓子を「甘すぎる」とか「でも、美味しい」とか「全部は食べない方がいいよ」とか言いながら結局全部 食べている二人を微笑ましい気持ちで眺めながら、最近めっきり二人と距離が近くなって来たのを感じる。

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