Blog / 木村智明のブログ
2017年9月15日

寮生活

purcel90.jpg

"1988 9月、パーセル・スクール、マウントロッジ寮"

6時半、やたらに派手に鐘がなる。子供達は眠気で訳の分からないまま 身支度をてきとうに済ませ、寝癖も治らず 半分まだパジャマ姿で 5分ほど離れた学校に歩いて行く。

朝食の前の1時間 全員楽器の練習をする。丘のうえに建つ学校の 大きな窓から見えるロンドンの街は 夢の中の景色の様に美しい。冬などは 朝8時くらいまでは まだ真っ暗で、街中が霧だらけだったりするのも ワクワクした。

街中から 電車で25分ほど 北西に離れる ハロウ・オン・ザ・ヒルに 当時 立地していたパーセル・スクールは、7歳から18歳まで 全校生徒で120人程度の小さな音楽学校だった。1学年の生徒は多くて15人位で その割に先生やスタッフは多く 楽器指導の先生も多い。

生徒の半分ほど 自宅から通い、半分ほどは寮生活。

15歳で入学した当時 言葉が全くできなかった為、授業は一緒のクラスメイトとは別に 小学生用のマウント・ロッジ寮に入寮した。そこでさっそく イギリスには先輩後輩関係は全くないという 嬉しいレッスンを学ぶ。30人ほど 随分歳下の いたずらばかりを思いつく子供達が集まる寮生活を 初めから大好きになった。

コンピュータも携帯も普及する以前だったので、実際に目の前に存在する人としか 交流はできない。まだまだ甘えん坊の小学部の子達は 言葉も通じないことはおかまいなく 自分たちに比べると大人にに見える僕を 上手に重宝し始めた。

想像以上に バラエティーの色の髪の毛を持つ子供たち。毎日夕方5時から1時間許される テレビの時間になると 恥ずかしがりもせずに 僕に抱っこをされながらテレビをみるのを好んだ。 なんだか沢山の弟や妹ががいっぺんにできたみたいで可愛いらしい。

自分で 自分の居心地の良い環境を作る という 生きるものが本来持つサバイバル能力を 幼い彼らはすでに発揮する。

僕は自分の意思と希望でこの学校と寮に入ったので 初めから何もかもが楽しかったけれど、親の考えと決断で家を離れた子供達が 特に夜ホームシックで辛そうにしているのはかわいそうで仕方がなかった。 就寝前のわずかな自由時間の間 玄関脇に一つしかなかった電話の前の廊下に、小さな子供達が 小さな手で小銭を握りしめ 実家に電話をかけるのを一列になってじっと待っていた。

そんな彼らも日が経つうちに お互い小さな 仲間と生活することに慣れ、やんちゃやいたずらも覚え 学校や寮生活が 楽しくなり始める。クリスマスになる頃には新学期始めには行列になっていた電話順番待ちも ほとんど見かけなくなり、それぞれの部屋で枕戦争などをしては 寮長さんに怒られていた。

幼くしてどんどん親離れをしていく子供達と リアルタイムで過ごした甘苦い思い出だ。

30年近くたった今 ソーシャルメディアで髭だらけになった彼らの顔を見かけても、幼くて甘えん坊だった頃と同じくらい可愛らしく 僕の目には映る。

-------------------------------------------------------

" 木村学生寮 "

学校の寮生活や その雰囲気を 初めから好きになったであろう 大きな理由がある。

前橋に住む母は 44年間 今も現役で 学生さんの寮をしている。

主に工学部の一年生を 全国からお迎えして 毎年10人から15 全入れ替えもし ( 荒牧キャンパスは1年間だけで 2年生になると 桐生キャンパスに移る) 僕は生まれた年から 14歳で家を出るまで 実の兄の他に 常に18歳位のお兄さん達がいる中で育った。

食事のお世話以外は 学生さん達を 母はほとんどほっぽらかしていた。自由を尊重するといえば 聞こえは良いが、自分の子供も ほとんどほっぽらかすような 自由な母なので ほっぽらかし という表現の方が 微妙に的確だと思う。

学生さんたちの 生活の音がする環境。自転車で出かけたり 帰ってきたりする音。食事の時間の ガラガラという 食堂のドアの開く音、おしゃべりしている声。活気のある若いエネルギーに、平凡な毎日が賑やかになる時間。 家庭内で多少の問題があった時なども 学生さん達の毎日の生活が周りにあふれていることで、僕たちも 救われていたりもしたのだと思う。 人はきっと 誰かをお世話しているとき同時に 孤独でない自分も感じ、その事実に支えられている。

mumandi2016.jpg

 

  昨年 久しぶりに イギリスに遊びに来てくれた母が 木村学生寮に住んでくださった 学生さん達も 44年間 総計で500人は超え、なにか記念というか 感謝の気持ちを込めて イベントを企画したいと、再来月のコンサートを 実現してくれることになった。

 ピアノを音を聴いて木村学生寮での生活を少しでも思い出していただいたり 懐かしんでいただける機会になったら嬉しいし、母の感謝の気持ちが伝わるような良いイベントになれることを願っている。